相原求一朗の絵画の買取価格とポイント
1918年~1999年 物故作家。
日本の洋画家。埼玉県川越町(現・川越市)生まれ。生家は農産物の卸問屋で、恵まれた環境だった。1936年に川越商業学校卒業し、東京美術学校進学を志すが、父親の反対により家業を継いだ。戦争中は4年半を満州で過ごす。戦後、猪熊弦一郎に師事し画家を目指す。以後数々の賞を受賞する。川越市名誉市民であり、北海道の自然を描き続けた画家で歴史に名を残す。代表作は「北の十名山」シリーズ。
買取ポイント
相原求一朗の作風
相原求一朗といえば、<北海道の風景>をモチーフにした絵画作品でしょう。北海道の風景と言えば、坂本直行も有名ではないでしょうか。帯広市・六花亭製菓の包装紙のデザインは目にしたことがあると思います。
普段テレビや写真で見る冬の風景は美しく幻想的に切り取られているものが多いですが、相原求一朗が描く冬景色は表面上の美しさではなく、根本的な自然の厳しさを赤裸々に表現しています。画家は絵の具と筆を使い対象物に色や感情を加えることができますが、相原は自我を加えて脚色しようとしません。そのままの風景を切り抜くことで本質を鑑賞者に見せてくれるのです。
空想ですが相原がなぜ冬の風景を描くのかと考えたときに、戦争中に満州で過ごした4年半と北海道の原風景が重なったからではないかと思いました。
相原が終生描き続けた風景作品は強く厳しく畏敬の念を抱かされます。冬景色も多く描きましたが、本来白は落ち着く色ですが、相原が描いた雪の作品はより厳しさが増します。落ち着いたトーンで構成されている作品が多く、静物画等はあまり見かけないです。
相原求一朗の現在の評価と価値
作品数はそこまで出回っていないですが根強いファンが多くいるため、図柄によっては高額査定しやすいです。お気軽にご相談ください。北海道の景色なので雪が降っている構図が良いとされ、画集に掲載されている油絵作品だと、より高い買取価格をお約束できます。
日本の気候ですと湿度が高く、ワレやカビなどのダメージが出やすい環境下になります。その為、作品管理は非常に重要で湿気が溜まりにくく、風通りが良い場所に鑑賞するのが良いとされています。作品コンディションの程度により評価が変わりますので、最終的な買取価格は現物の確認後に判断させていただきます。現在、所定鑑定機関はありません。
相原求一朗の代表作品
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路線のある風景
(1954年)
作品からは、20世紀美術を代表する美術家のマチスやピカソの影響がうかがえ、家業を継ぎながら絵画制作をする相原にとって、時流に遅れまいとする意気込みが感じられます。 -
原野
(1963年)
第27回新制作協会展新作家賞受賞。
1961年の北海道旅行で自分の進むべき道を見出し、北海道の展開する自然を「抽象」とみなし、そこから生まれる具象的な表現を追求。 -
すけそうだらの詩
(1968年)
彼の精力的な活動は海外の至るところに広きに及んでいます。
しかし中核は北海道、北フランス(ブルターニュ、ノルマンディー)が作品の主流となります。